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リアリティ・トランサーフィン 第3巻(その3)

(その2)の続きです。
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p194
このゲームの本質は、どんな不愉快な状況でも目を覚ましていて、意識して重要性の評価を行い、自分の接し方を変えるというところにある。
シナリオ上のネガティブに思われる変化をポジティブなものとしてみなそうと意図することで、すべてはまさしくそのとおりになるだろう
この法則は本当に間違いなく働いてくれるのだ。
(中略)
不愉快な出来事は災厄そのものに続いて起こるわけではなく、災厄に対してあなたが取った態度の後に続いて起こるのだ。あなたが分岐点で行う選択によって法則性が出来上がる。
(中略)
あわてて不満を表したり状況と格闘してはならない。シナリオのコントロールを断念すれば、シナリオをコントロールできるようになる。コントロールはバリアントの流れとの闘いに向けられるのではなく、バリアントの流れに従うことに向けられるようになる
シナリオへのどんな変更も当然のこととして受け入れることにより、あなたは自分によるコントロールの押し付けを断念することになる。それはつまりコントロールの放棄を意味すると同時に、自分の関与を維持し、従って、状況をコントロール下に置くことをも意味することになる。
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p209
絶対的な信念を得るという実りのない努力はやめにしよう。別のもっと現実的な道がある。目的の達成手段を考えず、頭の中で目的とするスライドを映し出し、目的のある方向へと足を運ぶのだ続きを読む リアリティ・トランサーフィン 第3巻(その3)

リアリティ・トランサーフィン 第3巻(その2)

(その1)の続きです。
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p147
振り子が人をつかんで放さないのではなく、人が自分で重要性の糸を放そうとしないのだ。その人は糸を放すことを恐れる。なぜなら頼りになる支えと自信という幻想を生み出している依存関係に支配されているからだ。
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p150
ただ自分の存在意義を追い求めての闘いをやめることにしてみよう。すると、それによってもたらされる結果に驚き喜ぶしかなくなるのだ。
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p152
あなたが意識して重要性を振り払い、バリアントの流れと闘うことを中止するだけで、すぐに障害はひとりでに取り除かれるのだ。そうであれば、あなたに自信は本当に必要だろうか。いいや、もう自信は要らない。これからは、バリアントの流れに沿って進み、シナリオではなく重要性のレベルを意識してコントロールするよう調整することだけが必要なのだ。これまで様々な過剰ポテンシャルを維持することに使われていたエネルギーは、今やバランスを取ることと、純化された意図の櫂でほんの少し流れを助けてあげることだけに向けられるようになる。 続きを読む リアリティ・トランサーフィン 第3巻(その2)

リアリティ・トランサーフィン 第3巻(その1)

第2巻の続き、第3巻からの抜粋です。

このシリーズ、同じような内容が何度も繰り返し出てくるので、結局この抜粋も同じことを書いているような。。。でも、大事なことは繰り返さないと記憶に残らないのでそれでいいのかもしれません。本を読んで感銘を受けても、数日後にはその内容をすっかり忘てたりしますからね。

この第3巻で特徴的なのは図解入りのエネルギーワークです。これは筆者が編み出したものなんでしょうか?気功とちょっと似ている部分もありますが別物のようです。私もやってみましたがあまりしっくりきませんでした。気功やヨガの方が自分には合っているしエネルギーも感じやすいので、この本のエネルギーに対する考え方だけを参考にしています。
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p32
人間は基本的に宇宙から意図的に「充電」する可能性を持っているのだが、この能力は退化した状態にある。
自分で宇宙からエネルギーを受け取るよりも、他人がすでに獲得したエネルギーを受け取る方がずっとたやすいことだ。このやり方を採用しているのが、いわゆるエネルギー・バンパイア(エナジー・バンパイア)である。
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p36
誰もが目に見えないエネルギー保護被膜に包まれている。普通の人間はそれを感じることはできないが、イメージすることはできる。熱いお風呂に入った時のように、自分の体の表面全体を感じてみよう。
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p72
あらゆる問題は人々の内的意図どうしの間に矛盾が生じた結果として起こる。 続きを読む リアリティ・トランサーフィン 第3巻(その1)

【語録】アーノルド・ミンデル~自覚

どんな小さなシグナルも、動作も、痛みも投げ捨てないでください。
もしあなたが小さな痛みを増幅せず、プロセスしないならば、それは身体の別の箇所、あるいは別のチャンネル―たとえば人間関係―において、ふたたび現れることでしょう。
情報は取り除くことができないのです。それを追っ払うか、あるいは無視することができたとしても、それは一時的なものです。
身体感覚に注意を払わないでいると、病気を患う可能性があります。
瞑想は病気をその初期段階においてつかまえる有効な方法です。
しかしながら、「自覚」のもつ癒しの力をプログラム化しないでください。
それは万能薬ではありません。ときには、自覚を手放すことが重要なこともあるのです。

アーノルド・ミンデル

パスワーク(その2)

(その1)に続いてさらに抜粋。太字原文ママです。


p170
この成長期に、未熟な感情は表現されなければなりません。その重要性を理解するために「未熟な感情の表現」を自分に許したとき、そうした未熟な感情がもはや必要ない地点にようやくたどりつけます。これは意志のプロセスを通しては起こりません。いまだ感情的な自己の一部をこらえるような客観的なマインドの決断によっては起こらないのです。そうではなく、感情が方向や目的、強さ、性質を自然に変えるような、感情的成長の相互的なプロセスを通して起こるのです。そしてこれは、今あるままに自分の感情を体験する場合にのみ起こるのです。


p172
建設的な目的と破壊的な目的との区別をつけようとしてください。感情をあらわす目的を意識しようとし、本当に感じていることへの気づきを自分に許して、意味あるときに、それを表現する勇気と謙虚さを育ててください。そうすれば、「単に抑圧から解放されたいと思い、目的や意味もないままはけ口を見つけようとして未熟で破壊的な感情をあらわにすること」と、「かつて存在し、今でも存在している感情を再体験するのを意図した行為」とのあいだには、きわめて大きな違いのあることがわかるでしょう。感情的経験に適切に吸収されずに抑え込まれてきたものは、現在の状況に絶えず活性化されます。それはまず、そのような経験の未消化を起こした最初の「解決策」を状況によって何らかの方法で思い起こすことなります。
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パスワーク(その1)

何度も読み返したい本です。

内容は、「自分の現実は自分で創っている」「不快な出来事は過去の傷の再生」「二元性を超えなければ平安は得られない」など、スピ系や深層心理学でよく言われているようなことなのですが、何故か言葉が深く刺さります。やっぱりそうなのか…と納得させられ、こういう知識はあるものの、完全に疑っていた自分の心が明らかになりました。
本当に自分でこの現実を創っているなんて、認めるのは至難の業です。生きていれば、理不尽なことは必ず起こりますからね。深いところで本心からこのことを認められるようになれば、確かにすごいことになるよなぁ。。と思いつつ、でもこれが全部嘘でこの著者も詐欺師の一人かもよ。。とささやく思考の声も常にあります。

かなり衝撃を受けたので、この本のワークブックにあたる『防御なき自己』も買って読んでみたのですが、こっちの方はあまりピンときませんでした。ただ、レビューの評価は高いので、合う人にはすごく合うんでしょう。
個人的には『パスワーク』の方を、トランサーフィンシリーズと合わせて、何度も読み返したいと思います。
以下は響いたところ。太字原文ママです。


p74
では、どうすれば遠い昔の傷を再体験できるのでしょう
方法はたった一つしかありません。まず現在の問題を取り上げてください。そして、その問題の上に重ねられている、自分の反応の層をすべて取り去ってください。
最初のもっとも扱いやすい層は合理化の層、つまりほかの人や状況に責任があって、自分の心の深奥の葛藤にあるのではないと「証明」している層です。実際には、内なる葛藤のせいで、現在直面している問題に間違った態度をとってしまうのですが…。
次は、怒りや恨み、不安、苛立ちの層です。こうした反応の背後には、愛されなかったがゆえの傷が見出されるでしょう。今葛藤に陥り、愛されないために傷ついているなら、その傷は子供時代の傷に再び気づくのに役立ちます。
(中略)
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とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく

アメリカのベストセラーで気になっていたので、日本語版が出てすぐに買いました。数ページのエッセイから構成されていてそれぞれが完結しているので、どこからでも読めます。

内容は、小さな自分=エゴで頑張らないで、神様に全部委ねてしまったほうがうまくいくというもの。
この著者もヨガをやっているみたいですが、これは完全にバクティ・ヨーガだな。。と思いました。
ヨガには以下の4つの道があります。
カルマ・ヨーガ:無私の心で行動する、奉仕のヨーガ
バクティ・ヨーガ:神を愛して自分を神に奉げる、信仰のヨーガ
ジュニャーナ・ヨーガ:内省と理性と熟考を駆使する、智慧のヨーガ
ラージャ・ヨーガ:心と身体をコントロールする、瞑想のヨーガ
著者がこの本で主に説いていることはバクティ・ヨーガで、神様LOVE!!という熱い気持ちが伝わってきます。
私がこれまで持っていたバクティ・ヨーガのイメージは、厳格な修道女のように禁欲的な生活をして、神様のことだけを思って祈りながら暮らす、というような質素で静かなイメージでした。
でも、この本を読んで、こんなに楽しいバクティ・ヨーガもあるのね!と、私もやってみたくなりました♪

この本が面白かったので著者の次の本、『Change Me Prayers』も買っちゃいました。こちらはより実践的で、じゃあどうしたらいいの?という疑問に答えてくれています。
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リアリティ・トランサーフィン 第2巻(その2)

(その1)の続きです。
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p228
魂と理性の一致を達成するためには、それを何で達成すべきか、つまり自分の目的を何にするのかまず特定する必要がある。そんなことはあたりまえと思うかもしれないが、これは決して些細な問題ではない。人々は何を欲していないかについては正確に知っているのに、自分の本当の望みとなると、きちんと説明することが難しいからだ。そのわけは、振り子が人々を自分の利益に従わせ、人々に偽りの目的を押しつけようとしていることで説明がつく。理性が魅惑的に見える蜃気楼の後を追い駆けようとしているのに、魂はまったく別の方向を向いているとしたら、魂と理性の一致などあり得るわけがない。
加えて、人々は振り子のための様々な仕事で多忙をきわめ、気苦労も多く、ただ単に腰を落ち着けて穏やかな気持ちで自分の本当の望みについて考えるということすらできない。特別に時間を割き、子供の頃、自分の魂は何を求めていたか思い出す必要がある。自分の魂は何を気に入っていたのか。何を欲していたのか。何に心を奪われていたのか。
(中略)
あなたが自分の目的について考えるとき、内的重要性や外的重要性はぬぐい捨てなくてはならない。
(中略)
目的について考えるとき、目的の持つ威光については考えないようにしよう。近寄りがたい高所に祭り上げられている目的を蹴落とそう。そうすることで、あなたは外的重要性を放り捨てることができる。目的について考えるとき、目的の達成方法については考えないようにしよう。そうすることで、あなたは内的重要性を放り捨てることができる。自分が快適な状態かどうかについてだけ考えよう。もし目的が達成されたならば、あなたは本当に嬉しいのだろうか。
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p234
唯一頼りになる解釈は、理性による決断に対する魂の不快だけである。 続きを読む リアリティ・トランサーフィン 第2巻(その2)

リアリティ・トランサーフィン 第2巻(その1)

第1巻に引き続き、第2巻からも抜粋しておきます。
このシリーズは独特の用語がたくさん出てきてややこしいのですが、特に紛らわしいのが第1巻に出てくる“内的重要性”“外的重要性”と、第2巻に出てくる“内的意図”“外的意図”です。これらは全く異なる概念です。
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p71
目的の達成に向けられた思考エネルギーは、願望、内的意図、外的意図の三つの形態で現れるということ、これまで明らかにしてきた。願望とは目的そのものに注意を集中することだ。おわかりいただけたように願望は何の力も持っていない。目的についてどれだけ思おうが、目的をどれほど望もうが、願望は何の力も持っていない。内的意図とは、目的へと向かう自分の進む過程に注意を集中することだ。これは作用するのだが、多大な労力を要求する。外的意図とは、目的そのものが現実化する様子に注意を集中することだ。外的意図とは目的がひとりでに現実化することをただ単に容認する。この際、目的の現実化のバリアントはすでに存在し、それを選択するだけだという揺るぎない確信があることはいうまでもない。目的は、内的意図によって達成へと向かわされ、外的意図によってその選択が現実化される。
内的意図は、「私がしたいことは、・・・」という常套句で特徴づけられる。外的意図は、「状況は・・・になる」または「結局・・・になってしまう」というように、まったく別の規則に従っている。
(中略)
夢の中での飛行は、まさに「私は飛ぶことになってしまった」という表現がふさわしく、「私は飛ぶことを要求する」というものではない。
内的意図は、まっすぐにがむしゃらに目的に向かう。一方、外的意図は、目的がひとりでに現実化するプロセスに向けられる。
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p78
どこで内的意図が終わり、外的意図が始まっているのか、境界を見定めることは難しい。意識が潜在意識と結びつき、調和し、融け合うときに、内的意図は外的意図に変わる。この境目は見極められない。これは自由落下の時の感覚や初めて自転車に乗るのに成功したときの感覚に似ている。だが、夢の中であなたが意図して宙に浮いたときの飛行感覚による説明の方がより近い。 続きを読む リアリティ・トランサーフィン 第2巻(その1)