リアリティ・トランサーフィン 第2巻(その1)

第1巻に引き続き、第2巻からも抜粋しておきます。
このシリーズは独特の用語がたくさん出てきてややこしいのですが、特に紛らわしいのが第1巻に出てくる“内的重要性”“外的重要性”と、第2巻に出てくる“内的意図”“外的意図”です。これらは全く異なる概念です。
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p71
目的の達成に向けられた思考エネルギーは、願望、内的意図、外的意図の三つの形態で現れるということ、これまで明らかにしてきた。願望とは目的そのものに注意を集中することだ。おわかりいただけたように願望は何の力も持っていない。目的についてどれだけ思おうが、目的をどれほど望もうが、願望は何の力も持っていない。内的意図とは、目的へと向かう自分の進む過程に注意を集中することだ。これは作用するのだが、多大な労力を要求する。外的意図とは、目的そのものが現実化する様子に注意を集中することだ。外的意図とは目的がひとりでに現実化することをただ単に容認する。この際、目的の現実化のバリアントはすでに存在し、それを選択するだけだという揺るぎない確信があることはいうまでもない。目的は、内的意図によって達成へと向かわされ、外的意図によってその選択が現実化される。
内的意図は、「私がしたいことは、・・・」という常套句で特徴づけられる。外的意図は、「状況は・・・になる」または「結局・・・になってしまう」というように、まったく別の規則に従っている。
(中略)
夢の中での飛行は、まさに「私は飛ぶことになってしまった」という表現がふさわしく、「私は飛ぶことを要求する」というものではない。
内的意図は、まっすぐにがむしゃらに目的に向かう。一方、外的意図は、目的がひとりでに現実化するプロセスに向けられる。
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p78
どこで内的意図が終わり、外的意図が始まっているのか、境界を見定めることは難しい。意識が潜在意識と結びつき、調和し、融け合うときに、内的意図は外的意図に変わる。この境目は見極められない。これは自由落下の時の感覚や初めて自転車に乗るのに成功したときの感覚に似ている。だが、夢の中であなたが意図して宙に浮いたときの飛行感覚による説明の方がより近い。
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p91
意識して見る夢の中でも現実の生活の中でも、外的意図をコントロールするには目を覚ますことが必要なのだ。
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p93
夢を見ている時間も現実の時間もあなたのコントロール下に置くためには、参加者から観察者へと役割を切り替えることが必要だ。
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p98
あなたはもう操り人形ではない。だからといって、自分を人形遣いだと思ってうぬぼれる誘惑に負けないよう警告だけはしておこう。もうおわかりいただけたと思うが、そうすると平衡状態が崩れ、他人に対するうぬぼれ、優越感、無関心、または軽蔑などの最初の兆しが現れた時点で、必ず痛い目に遭う。目の前の出来事全体を完璧にコントロールすることなど、たとえ夢の中であっても実現できない。あなたは選択する権利を持っているだけであって、変更する権利は持っていないことを覚えているだろう。ゆったりとくつろいでよいのだが、客人であることは忘れないで欲しい。自分をリースに出し、非の打ちどころのないよう行動するべきであることも思い出して欲しい。「軽演劇」のような気分で問題に対処することは、だらしなくふるまうことでも慎重さを欠くことでもない。重要性を覚めた目で評価するということなのだ。
意識性を、取り巻く世界をコントロールしようとすることと解釈するのは間違いだ。理性は、ことがらの展開を変更しようとすることや自説を主張すること、つまり、流れと闘うことに慣れている。もしあなたが観客席に降りて行ったら、力ずくでシナリオを書き変え、役者たちに自分の意志を押しつけたい誘惑に駆られることだろう。このようなふるまいはトランサーフィンとは相容れないものだ。なぜならそれは、流れと闘おうとする内的意図だけに基づいているからだ。バリアントの流れに沿って動くべきだということを何度も思い起こしていただきたい。意識性とは、コントロールではなく、観察することだ。コントロールは、白黒が反転したネガのような世界で手足をじたばたさせることなく、好ましいシナリオを思い描き、それを自分の人生に入れて、心から受け止めることだけに向けられる。世界にシナリオを押しつけるのではなく、自分のシナリオの可能性を認め、そのバリアントが現実化するのを容認する。そして自分に対しては、そのようなバリアントの所有を容認するのだ。
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p120
人間が知覚するすべてがまぼろしであると大胆な主張を展開する人は、うぬぼれているに過ぎない。
(中略)
強い覚醒剤使用やアルコール摂取の影響下にある人は、夢の中にいるように、意識のコントロールを失ってしまう。そのため、潜在意識がバリアントの空間の現実化されていない部分に同調する。肉体は現実化されたセクター、つまり私たちの物質世界にあり、知覚は現実世界とずれている仮想セクターをさまよう。
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p132
手始めに、自分自身の「棚卸し」を行い、ネガ・スライドを探し出す必要がある。自分の中で何が気に入らないか、何を隠しておきたいか、何から解放されたいか、というように自問してみよう。
(中略)
ネガ・スライドが維持されている根本を絶たなければならない。それはつまりあなたがネガ・スライドに向けている注意や意義のことである。
(中略)
こうありたいという自分を思い描いていただきたい。これは自己欺瞞ではないから、このようなゲームは十分に意識して行われなければならない。あなたが自己欺瞞を実践していたのは、自分の短所と闘っていたときだ。なぜなら、あなたは内的意図によって短所を隠したり一掃したりできると思っていたからだ。これからは、あなたが美しさのかぎりを尽くして光り輝いているようなスライドを自分の頭の中に作っていただきたい。このスライドの中の自分を好きになって、あらゆる細部まで描き加えることで、手入れをしてあげよう。
(中略)
スライドになるのは、静止画像ばかりではない。あなたが堂々と自信に満ちて動き回っている様子、上品な服装を着こなしている様子、優雅にふるまっている様子、機知を発揮して光り輝いている様子、魅力を振りまいている様子、人々の気持ちを自分へと惹きつけている様子、難問を手早く処理している様子などもスライドに入れてよいのだ。こうしたスライドを頭に入れた上で、先に進もう。ポジ・スライドは、ネガ・スライド同様、あなたの立ち居振る舞いに直接影響を与える。あなたは無意識のうちにスライドに調子を合わせるようになるだろう。しかし、主な仕事はスライドの画像に従って、外的意図が行うことになる。
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p134
理性がスライドを本当に実現しようとしている間、あなたは心の奥底でスライドの話が仮面を被った見せかけのゲームにすぎないと認識している。しかし、あなたが倦まず弛まず思考の中にスライド画像を定着させようとすると、魂はスライドに馴染んできて、自分と切り離すことのできない本質として、受け入れに同意するようになる。
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p137
ポジ・スライドによって引き起こされた歪曲は、利益となるようにだけ働く。
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p142
私たちの人生が、そんな自由などありはしないことを証明している。なぜなら、皆が振り子に支配されているからだ。振り子の世界にあっては、選択する権利を持つことが非常に現実離れしていて、まったく信じられない話に思われるのだ。達成し難い夢であるはずのことが、実は個人の選択だけの問題であるということを、あなたは心の中では信じていない。そこで、ポジ・スライドがあなたの快適域に信じ難いことを運び入れる手助けをしてくれるのだ。
(中略)
スライドを用いることで、魂と理性の一致が少しずつ達成されていく。この要塞は長期間にわたって包囲することで陥落する。頭の中で自分の夢のスライド作りに取りかかり、常にそれを意識し続けよう。描いた画像を何度も振り返ろう。細部をじっくり吟味し、新たな詳細を描こう。
スライドを傍観者として眺めるのではなく、スライドにふけり、たとえ仮想現実ではあっても、その中で暮らすのだ。
(中略)
あなたが何かをしているときであっても、頭の中では常に自分のスライドを再現してみよう。あなたはほかのことを考えてもよいのだが、スライドの画像はその背景となっている。こうしたことが習慣にならなくてはならない。スライドは、長い間、絶え間なく再生している場合にかぎり、成果をもたらす。
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p145
それらの品々がどのようにしてあなたのものとなるかについては心配無用だ。もしあなたにそれらを所有する決意があれば、外的意図はあなたに無断で手段を見つけ出す。だから、その手段について疑いを持ってはならない。
(中略)
もしあなたが自分の夢の世界に対してたとえ一瞬でも崇拝の念を感じたら、そんな気持ちは追い払ってしまおう。それはあなたの世界であり、そこにはあなたにとって手に入れられないものは何もない。外的重要性や内的重要性は、魂と理性の一致へと続く道に横たわる障害物となる。あなたの夢は楽しくなければならないが、同時にそれは日常の光景ともなっているはずだ。もしあなたの夢が実現したら、それはあなたにとって普通の当たり前のことになる。しかるべき人生ラインに同調するには、あたかもすでにそうなっているような気持ちを持たなくてはならない。これは自己欺瞞ではない。なぜなら、あなたは意識して演じているからだ。
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p156
一般的な視覚化とトランサーフィンの視覚化との原則的な違いをはっきりさせよう。ご承知のように、目的に向けて注意を集中させるのは願望である。目的への動きに注意を集中させるのは意図である。あらゆる行動の原動力となるのは意図であって、願望ではない。そのため、目的へとあなたを進めるのは目的そのものについての想念ではなく、目的へと進むプロセスの視覚化だ。意図の現実化はプロセスであり、一つのコマに集中することではない。もちろん目的自体はイメージされる画像の一部でもある。しかし、注意は目的への運動プロセスに注がれていて、同時に、目的自体が動きの背景に置かれている。
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p205
何か個人的にうまく行ったことにがあるのなら、自分を誉めてあげて、誇らしく思おう。これはとてもよいことだ。自分を叱るよりは、誉めすぎる方がまだよい。しかし、自分を誉める際に、たとえ小さくても過剰ポテンシャルを作ってしまってはいけない。せっかくあなたの魂が喜び、はしゃいでいるのに、平衡力のせいで台無しになってしまうからだ。
(中略)
過剰ポテンシャルを作らずに喜びや誇らしい気持ちに浸ることのできる方法がひとつある。自分の喜びや誇りを守護天使と分かち合うことだ。
(中略)
自分への賛辞や感謝の気持ちを守護天使に譲り渡そう。自分を誉める以上に守護天使を誉めてあげよう。形だけそうするのではなく、誉めたたえてもらう権利を心から譲り渡そう。
あなたの成功は守護天使により功績と考えていただきたい。そうすることで何が起こるだろう?誇らしい気持ちから発生したあなたの過剰ポテンシャルは、徐々に散っていくのだ。あなたは余計な心配をすることなく、楽しい気分でいられる。思う存分喜びにひたろう。喜びは自分に残し、誇りは守護天使に譲ろう。そうしても、誰もあなたの功績を奪ったりはしない。
誇らしい気持ちから過剰ポテンシャルを発生させたり、あなたを幸せにしてくれた振り子に感謝する代わりに、誉め言葉と感謝の気持ちを自分の守護天使に譲ろう。守護天使はあなたにエネルギーをねだったりはしないが、エネルギーを必要とはしている。
(中略)
守護天使のことだけは、忘れてはいけない。いつも守護天使に感謝し、愛していると告げよう。守護天使は力強さを増し、あなたに何倍ものお返しをしてくれることだろう。
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p212
もし誰かから、あなたはほかの誰かか、何かの幸せのために苦労する義務があると吹き込まれても、信じてはいけない。もしこの世界にあるすべては粘り強い努力によって獲得されることを理路整然と説明されても、信じてはいけない。もし日の当たる場所を求めての過酷な戦いを押しつけられそうになっても、信じてはいけない。もし身の程をわきまえるようにと言われても、信じてはいけない。もし「全体へのあなたの貢献」が必要とされているセクトや組織に引き込まれそうになっても、信じてはいけない。もし貧しい環境で生まれたのだから一生そのように生きていかなければならないと言われても、信じてはいけない。もしあなたの可能性には限界があると言い聞かされても、信じてはいけない。
振り子はそんなに簡単にはあなたを放っておいてはくれないことを覚悟しておこう。所有する決意があなたに芽生えてきた途端、振り子は、あなたの可能性が限られていることを思い知らせる状況を設定する。自分がゲームのシナリオを選択・決定することはできるのだとあなたが感じ始めた途端、振り子はあなたの計画を叩き壊しににかかる。あなたが安らぎや自信を感じ始めた途端、振り子はあなたの感情を刺激しにかかる。挑発にくじけたり、自分のバランスを崩したりしてはいけない。自分の抱えている重要性を最低レベルに引き下げた状態を維持し、意識して行動しよう。あなたに求められていることは、努力でも忍耐でもなく、重要性をゼロに維持しようと意識的に意図することだけなのだ。
このゲームでもあなたの可能性を限定するのは、自分自身の意図だけだ。振り子の可能性を限定するのは、あなたの重要性や意識性のレベルだけだ。次のことを思い出しておこう。もし私が空っぽの状態なら、振り子は私につかみかかることができない。もし私がゲームの意味を認識しているならば、振り子は私にシナリオを押しつけることはできない。もし振り子によってあなたが悲しんだり、怒ったり、バランスを崩したりしたら、どこであなたは重要性のレベルを高めてしまったか、周りを見回して、探してみよう。
バランスを崩した原因となるものへのあなたの対応を変えてみよう、重要性を必要とするのは、あなたではなく振り子であることを認識しよう。
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(その2)へ続く