【日々の気づきメモ】時間とは何か(3)~時間=空間?

モモ 』では、“時間の源の世界”が以下のように描写されています。


P239
金色のうすあかりが、モモをつつんでいました。
だんだんと目がなれるにつれて、自分が大きなまんまるい丸天井の下に立っているのがわかってきました。大空とおなじくらいあろうかとも思えるほどの大きさです。しかもそれが純金でできているのです。
天井のいちばん高い中心に、まるい穴があいています。そこから光の柱がまっすぐに下におりていて、そのま下には、やはりまんまるな池があり、そのくろぐろとした水は、まるで黒い鏡のようになめらかで、じっと動きません。
水面にすぐちかいところで、なにかあかるい星のようなものが光の柱のなかできらめいています。それはおごそかな、ゆったりとした速度で動いているのですが、よく見ると、黒い鏡の上を行きつもどりつしている大きな大きな振子でした。でもどこからぶらさがっているのでもないようです。まるで重さのないもののように、ちゅうをたゆたっています。
この星の振子はいまゆっくりと池のへりに近づいてきました。するとそこのくらい水面から、大きな花のつぼみがすうっとのびて出てきました。振子が近づくにつれて、つぼみはだんだんふくらみはじめ、やがてすっかりひらいた花が水のおもてにうかびました。
それはモモがいちども見たことのないほど、うつくしい花でした。まるで、光りかがやく色そのものでできているようです。このような色があろうとは、モモは想像さえしたことがありません。星の振子は、しばらく花の上にとどまっていました。モモはその光景に、すべてをわすれて見入りました。そのかおりをかいだだけでも、これまではっきりとはわからないながらもずっとあこがれつづけてきたものは、これだったような気がしてきます。
やがてまた振子はゆっくりゆっくりもどっていきました。そして振子がわずかずつとおざかるにつれて、おどろいたことに、そのうつくしい花はしおれはじめました。花びらが一枚、また一枚と散って、くらい池の底にしずんでゆきます。モモは、二度ととりもどすことのできないものが永久に消えさってゆくのを見るような、悲痛な気持ちがしました。
振子がくらい池のまんなかまできたときには、さっきのうつくしい花はすっかり散りつくしていました。ところがそのときには、池のむこうがわに、またべつのつぼみがくらい水面からうかびあがりはじめているではありませんか。そして振子がゆっくりと近づくにつれて、さっきよりももっとあでやかな花が咲きにおいはじめたのです。モモはちかくによってながめようと、池をまわってゆきました。
こんどの花は、さっきのとはまったくちがう花でした。やはりモモの見たことのないような色をしていますが、こんどの色のほうが、はるかにゆたかで、はなやかな気がします。においも、さっきとはちがう感じの、もっとあでやかなにおいです。見れば見るほど、つぎからつぎとこの花のすばらしいてんがモモの目に入ってきました。
けれどもやがてまた星の振子はむきをかえ、花はさかりをすぎて、一枚ずつ花びらを散らし、くろぐろとした池の底しれぬ深みに消えてゆきました。
しずかに、しずかに、振子は反対がわにもどってゆきます。けれどさっきとおなじところではなく、ほんのわずかずれたあたりです。そしてその場所、さいしょの花から一歩ほどはなれたところに、またしてもつぼみがひとつ浮かびあがり、しずかにふくらみはじめました。
これほどうつくしい花があろうかと、モモには思えました。これこそすべての花のなかの花、唯一無比の奇跡の花です!
けれどこの花もまたさかりをすぎ、くらい水底に散ってしずんでゆくのを見て、モモは声をあげて泣きたい思いでした。でもマイスター・ホラにした約束を思いだして、じっとこらえました。
むこうがわにいった振子は、そこでもまたさっきより一歩ほどとおくまですすみ、そこにふたたび新しい花がくらい水面から咲きだしました。
見ているうちにモモにだんだんとわかってきましたが、新しく咲く花はどれも、それまでのどれともちがった花でしたし、ひとつ咲くごとに、これこそいちばんうつくしいと思えるような花でした。
池のまわりをなんども行きつもどりつしながら、モモは花がつぎからつぎへと咲いては散ってゆくのをながめました。いつまで見ていても見あきないながめです。
けれどそのうちに、ここではもうひとつべつのことがたえまなくすすんでいることがわかってきました。いままでは気づかなかったのです。
丸天井のまんなかから射しこんでいる光の柱は、光りとして目に見えるだけではありませんでした。―モモはそこから音も聞こえてくることに気がついたのです!
はじめそれは、とおくの木のこずえにたわむれる風のざわめきのように聞こえました。けれどその音はしだいにはげしくなって、滝の音か、岩に打ちよせる波のとどろきににてきました。
よく聞いているうちに、数えきれないほどの種類の音がひびきあっているのだということが、はっきりしてきました。たえずたがいに入りまじりながら新しくひびきをととのえあい、音を変え、たえまなく新しいハーモニーをつくりだしています。それは音楽のようでいて、しかもまったくべつのものです。そのときとつぜんモモは気がつきました。まえによく、きらめく星空の下でしずけさにじっと耳をかたむけていたとき、はるかかなたからひそやかに聞こえてきた音楽が、これだったのです。
ところがこんどは、ひとつひとつの音がだんだんとはっきりすみわたってきました。モモはふとこんな気がしました―この鳴りひびく光こそが、どれとして同じもののないあの類なくうつくしい花のひとつひとつを、くらい水底から呼びだして形をあたえているのではないでしょうか。
じっと耳をかたむけていると、だんだんはっきり、ひとつひとつの声が聞きわけられるようになってきました。でもそれは人間の声ではなく、金や銀や、そのほかあらゆる種類の金属がうたっているようなひびきです。するとこんどはすぐそれにつづいて、まったくちがう種類の声、想像もおよばぬとおくから言いあらわしがたい力強さをもってひびいてくる声が、聞こえてきました。それらはだんだんはっきりしてきて、やがてことばが聞きとれるようになりました。いちども聞いたことのないふしぎなことばですが、それでもモモにはわかります。それは、太陽と月とあらゆる惑星と恒星が、じぶんたちそれぞれのほんとうの名前をつげていることばでした。そしてそれらの名前こそ、ここの〈時間の花〉ひとつひとつを誕生させ、ふたたび消えさらせるために、星々がなにをしているのか、どのように力をおよぼしあっているのかを、知る鍵となっているのです。
そのとき、とつぜんモモはさとりました。これらのことばはすべてじぶんに語りかけられたものなのです!全世界が、はるかかなたの星々にいたるまで、たったひとつの巨大な顔となってモモのほうをむき、じっと見つめて話しかけているのです!


ここを読んで驚きました。

以前見た明晰夢、それもすごく楽しくて印象深かった夢と共通点が多かったからです。

私の見たドームは丸天井でしたが、純金ではなくピンク紫っぽい色でした。下には黒い水面のプールのような池がありましたが、まんまるな池ではなくて長方形の池でした。音楽も流れていました。
そのドームの中で私は何かにつかまって飛んでいて、そのスピード感と身体感覚、そして流れている音楽が気持ちよくて楽しくてしかたがない!という感じでした。

私がつかまっていたのって、振子だったのかもしれない…とこの文章を読んで気づきました。

あの夢で見たドームは私自身の“時間の源の世界”だったのかもしれない…
できればもう一度行って、今度はもっと明晰度を上げて観察してみたいと思います。


P236
「光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ。」


P244
「おまえの見たり聞いたりしてきたものはね、モモ、あれはぜんぶの人間の時間じゃないんだよ。おまえだけのぶんの時間なのだ。どの人間にもそれぞれに、いまおまえが行ってきたような場所がある。だがそこに行けるのは、わたしに抱いてもらえるひとだけだ。それにふつうの目では、あそこを見ることはできない。」
「でも、あたしの行ってきたところは、いったいなんなの?」
「おまえじしんの心のなかだ。」


自分の時間がなくて、外側の何かに支配されているような気がする時って、心の中の空間が狭くなって余裕がなくなる感じ。

自分だけの時間の世界があの夢で見た素敵な空間だとしたら、その場所を思い出すだけで、自分の時間を取り戻せるのかもしれません。


P331
けれどそのとき、モモはあの花々と、壮大な音楽のあの声とを思いおこしました。するとたちどころにおそろしさは消え、力がわきおこってきたような気がしました。


自分の時間の世界と繋がっていないと、灰色の男たち=外側のシステムに時間を奪われ続けてしまうということ?

システムは人間がつくりだしたものだっていうのに、システムの方に支配されてしまうというこの矛盾…


P337
「この世界を人間のすむよちもないようにしてしまったのは、人間じしんじゃないか。こんどはわれわれ・・・・がこの世界を支配する!」