【実験日記】スピ系メソッドで騒音問題を解決できるか(16)

前回(15)の続きです。

前回の日記にも書いたように、ゆるしのワークシートを進めていくと、どうしても先に進めなくなりました。

このシートではまず現在の状況を書き出します。
「ここ何年も上階の騒音に毎日悩まされていて、生活をめちゃくちゃにされている。現実的にできることは全部したが、非常識な騒音主なので直接言っても謝罪はおろか逆ギレされて、深夜に床をすごい勢いで何度も叩かれたり、車に唾を吐かれたりなどの嫌がらせが続き、気持ちが休まることがなく、騒音に怯える日々・・・」

次に、自分が感じている気持ちをそのまま書き出します。
「恐怖。みじめな気持ち。罪悪感。責められ追いかけられ感じ。なんで私だけがこんな目に??なんて運が悪いんだろう??ぞっとする感じ・・・」

次に相手に変わってほしいこと。
「常識的に行動しろ!謝罪しろ!私の生活に入ってくるな!消えろ!死ね!・・・」

そして私がその出来事をどう解釈しているか、核にあるネガティブな信念などを特定します。

その後、今までの人生で同じような気持ちを感じた出来事や、同じパターンにはまったことなどを書き出していきます。
「~歳の時のあの事件、~歳の時のあの事件、~事件、~事件・・・・・私の生活に常に侵入してきた母・・・繰り返し見る兄に追いかけられる夢・・・」

ここで、あれ?結局同じことを繰り返してる?
と気づくことができます。

そして最初に書いた、“被害者の視点からのストーリー”ではなく、新しい視点から物語を語ってみます。
「小さな自我からはわからなくても、この状況は完璧である。これは自分の力を取り戻すチャンス、自分限界を突破するチャンスでもある・・・」

ここまでは何とか書けるし気分もよくなります。
問題はここからです。
次に、空欄に加害者の名前を書き、続いて以下のような文がプリントされています(英語の方のシートを意訳しました)。
「あなたを完全にゆるし、感謝を捧げます。なぜならあなたは何も間違ったことをしていないし、本当はすべて神聖な秩序に則って起こっているからです。私が目覚めるために今の役を引き受けてくれてありがとう。あなたのあるがままを受け入れます・・・」

いやいや、無理無理。

そんなことできるか!!

自分の本心に正直になれば、そんなこと絶対にできません。無理です。
書いたら100%偽善になります。

絶対に上階の騒音デブ家族はゆるせないし、殺したい。

どんなに同じパターンを繰り返していることに気づけても、
本当はすべては深いところで私が創っている現実なんだろうなぁとは感じていても、無理です。

なので、ここでワークシートはストップしてしまいました。

 

 

何ヶ月も経ちました。

 
その間、長年連れ添った猫が死んでしまい、しばらく何もやる気が起こりませんでした。

私は騒音が怖くて外出ばかりであまり家に居られず、晩年の猫をいつもいつも一人ぼっちさせてしまったことを後悔し、自分を責め、さらに騒音主を責めました。
心から恨みました。これが“憎しみ”というものかぁと実感したほどです。

私はすっかり“ゆるし”に取り組むのを忘れていて、というか、無理なのであきらめて、その代わり、マインドフルネスに取り組んでいました。
とりあえず流行っているものはやってみる性分なので・・・。

気づいたら、上階の子供が全速力でダダダダダ・・・!と走る音がしません。
たま~に、走る音がしても5秒以内に止みます。
もしかして注意してくれてるの?!

そういえば静か!!

もちろんマンションの構造上、大人がノシッノシッと歩く音や、生活音は聞こえますが、おそらく騒音のレベルは、何年も前、私が騒音のことなんか何にも気にせずに暮らしていた頃に戻っています。

理由はわかりません。
私は騒音主のことをゆるしていないし、今でも殺したいと思っています。
この世に法律がなければ、間違いなく何の迷いもなく必ず殺します。

音のレベルは以前に戻りましたが、苦しみは消えていません。
今ではすっかり騒音への恐怖が心の中に棲みついていて、上からのちょっとした物音でもビクッとなってしまいます。
今までの騒音主のムカつく態度や嫌がらせが何度も頭の中でリピートしてしまい、以前のように音を気にせず暮らす、ということができなくなっているのです。
なので今でも天井の騒音対策スピーカーに頼りっきりです。
ちょっとでも上階から音がしたら、スピーカーから音楽や自然音やネットラジオやyoutubeの動画の音などを鳴らします。
私の自宅での生活は、騒音主が留守の時以外、常に何かの音が鳴っています。
騒音主がいる時はなるべく外出する生活のスタイルも変わっていません。

音に対する感受性が強くなりすぎてしまって、このままではどこに引っ越そうが、音にビクビクしながら暮らすことになってしまいます。
私の心にある恐怖心を何とかしないといけないな・・と気づきました。

そういえば、ゆるしのワークシートが未完成のままだった、と思い出し、数カ月ぶりに読み返してみました。
でもダメです。
やっぱり「騒音主を完全にゆるします・・・」のところは書ける気がしません。
シートを途方に暮れた気持ちで眺めていたら、急にインスピレーションがやってきました。

ゆるすことは“私”にはできない。
ゆるしは起こすものじゃなくて起こるものなんだ!
ゆるそうとしなくてもいいんだ。だって“私”には無理なんだから。

一気に気持ちが軽くなりました!
ここ数カ月取り組んできたマインドフルネスがさらに気づきをくれました。
シートにはこう書きました。
「ゆるすことは“私”にはできない。しようとすると嘘になる。偽善になる。
ゆるすのは“私”(セルフ1)じゃなくて、もっと大いなるもの、違う次元の私(セルフ2orそれとつながるもの)。
だから「殺したい」思考や怒りや恐怖や悔しさ・・・をあるがまま全力で味わって居場所をつくってあげて、あとはセルフ2にゆだねる。」
「偽善的に誰かをゆるそうとすることはもう金輪際やめる!
ゆるすのは、私の思考、気持ち、あるがままに感じるエネルギー
それだけが“今”起こっていることであり、真実なのだから・・・
今までこの思考や気持ちや感覚、このエネルギーを嫌ってごめんね。でも嫌いな気持ちもゆるす。
もう逃げない。私の“力”から・・・」

この表現は最近読み込んでいたマインドフルネスの本からかなり影響を受けています。
すべては完璧な順序で起こっているんだなぁと思います。

これでやっとシートは完成!

私はすっきりした気持ちになりました。

そういえば、ACIM系の本にも、「‟ゆるす”ことは人間にはできないから、聖霊にあずけなさい」とか書いてあったっけ。
キリスト教的な表現で言うとそういうことなのか。。。

(続く)