【実験日記】スピ系メソッドで騒音問題を解決できるか(12)

前回(11)の続きです。

前回と前々回の日記で“コア・トランスフォーメーション”と“感情の旅”をやってみましたが、この2つ、似ているようでちょっと違いましたね。おそらく人によってどちらがしっくりくるか好みが分かれそうです。私自身は、“感情の旅”の方がより気づきが得られた感じがします。ただ、すごい気づきは得られたけど、かなりエネルギーと時間を使うので、同じテーマではもう二度とやりたくないですね。

これらのワークを終えて、以前と比べて、不思議と騒音に対する気持ちが大幅に変化していることに気づきました。
以前は、騒音が始まると瞬間的にネガティブな感情に呑まれてしまっていたのですが、今では、「あ、始まった。どうする?音楽をかける?耳栓をする?出かける?それとも、この騒音を味わってみる?」と、騒音から距離を取って冷静に向き合えるのです。今の自分ができる行動の選択肢をあげられるというのは、ある意味自分のパワーを取り戻すことでもあるし、自由の感覚でもあります。
以前だったら、
「ああ、なんで私だけがこんな目に?」
「運が悪い!」
「私には何もできない!」
などと被害者意識に包まれて、無力感と闘い、思考と感情の無駄なエネルギーを振り子に吸い取られ続けるだけでしたから。。。
“コア・トランスフォーメーション”で得られた『目を覚まして出口を探すこと』という答えはこういうことだったのか…と後から気づきました。

これと連動して明晰夢を見る頻度が急に上がりました。
明晰夢とは、ご存知の方も多いと思いますが、「これは夢だ」と気づきながら見る夢のことです。
最近はほとんど毎朝、騒音に起こされるので、その後に二度寝すると明晰夢になることが多いんです。まあ二度寝だと眠りが浅いので、だからこそ明晰夢になるのでしょうが、『目を覚まして出口を探すこと』という答えが、夢の中で、「あ、これ夢じゃん?」と気づく感覚そのものなのです。
夢の中で、これは現実であると思い込んで無意識のまま生きている私が、「あれ?この状況変じゃね? 有り得ないよね… あ、そっか夢か!!」と気づいた時の楽しさと言ったら・・・私は夢の中で小躍りして喜んでしまいます。
そして夢の中の登場人物に向かって、「これさ、私の夢なんだよ。何でもできるんだよ!」と話しかけてみるのですが、みんなキョトン???としています。
その後、私は夢の中で壁や窓をすり抜けたり、空を飛んだりして遊ぶのですが、その自由の感覚は気持ちよくて楽しくて最高です!

トランサーフィンシリーズでも、明晰夢を一つの練習方法として挙げていますが、夜見る夢を自在に操れるように修行すると、現実の世界も実は夢であることに気づき、現実もコントロールできるようになるということだと思います。
ただ注意が必要なのは、この現実の世界で生きるには、肉体が必要だということ。物理的な肉体を伴って自由に壁をすり抜けたり、空を飛んだりするのは相当難しいと思います。全く不可能ではないと個人的には思っていますが・・。この肉体と共に、どこまで自由度を上げられるか。。というのがこのサイトのメインテーマでもあります(今思い出した(-_-;))。

さて、前回の日記の“感情の旅”で得られた答えは、ヨガをしていて感じた身体感覚からの気づきや、印象的な夢から教えられた気づきと同じものでした。本当にこの世界はフラクタルな構造になっていて、知りたいことの答えは特別なメソッドをしなくても、日常で出会う小さな出来事の中に隠されているんだなぁと感慨深くなったのでここでまとめておこうと思います。

ヨガはポーズを完成させることが目的ではないといいますが、ヨガを長年続けていると、当たり前ですが、以前できなかったポーズができるようになってきます。しかし、上には上があり、さらに難しいポーズはきりがないと思えるほどあるので、ヨガにコミットしていれば、常に自分ができないポーズを練習することになります。まあ、これは他のスポーツや楽器の練習なども同じだと思います。なので、別にヨガのポーズをやらなくても、ヨガ的なマインドで何かの活動にコミットすれば、その活動自体がすべてヨガになるんだと思います。歴史をたどると、もともとヨガは瞑想と哲学だけだったのですが、そのおまけとしてポーズが生まれたのは比較的最近です。

ヨガの場合、
できないポーズ →→ ひたすら練習 →→ できるポーズ
のプロセスを繰り返していくのですが、最近は“ひたすら練習”の段階で何が起こっているか観察できるようになってきて、いろんな気づきがあります。特にバランス系のポーズで、成功率3割~5割くらいのポーズを観察するとわかりやすいです。上手くできる時は何が起こっていて、失敗する時は何が起こっているのかということを観察します。
ポーズに入る時は、今まで学んだ知識をマインドで確認します。重心はこの位置、踵は押し出す、胸に乗っかるような感じ、真ん中に力を集める、内側から伸びる・・・などなど。まずはマインドで頑張ります。そこで上手くできる時は、マインドの頑張りを手放した時です。失敗する時は最後までマインドでコントロールしようとしている時です。ポーズが成功する時は、必ず主導権がマインドから身体に移り変わる瞬間があります。この“明け渡し”が上手くいけば、身体が勝手にバランスをとってくれます。この作業を繰り返し、成功率が大体9割~10割近くになると、最初からマインドで頑張らなくても、つまり何も考えなくても、このポーズをやりますよ~と意図するだけで、身体が軽々とそのポーズをやってくれるようになります。

自転車に乗れるようになったプロセスを思い出すとイメージしやすいと思うのですが、補助輪をつけて自転車に乗っていた頃は、なんであんな細い車輪だけでバランスを取れるのか意味がわかりません。マインドだけで考えても乗れるようにはなりません。何度も転びながらひたすら練習していくと、いつのまにか乗れるようになって、何も考えなくても身体がバランスをとってくれるようになりますよね。それと全く同じです。
ヨガの場合は、ポーズを練習するプロセスを観察するという作業を重視しますので、マインドがふわっと手放す瞬間をとらえることができます。
この“手放す”、“明け渡す”ということが本当に大事なんだなぁと最近強く感じていました。
これはヨガと呼吸の記事で書いた、「人間」から「蛇」へ切り替わる瞬間です。
「私」だけで頑張らすに、「何かもっと大きな力」を信頼して手放すということです。

また最近、“感情の旅”をやってみる少し前、印象的な夢を見ました。
それは、父が私の後ろに立っていて、私の首を支えるようにつかんで、ひたすら左側へ曲げようとしている夢です。
父はよかれと思って善意でやっているようで、私自身もそれは必要なことなんだと思っているのですが、あまりにも痛かったので、「痛いって言ってんでしょ!!」と怒鳴りました。私は自分が叫んだそのセリフに起こされて、目を覚ましました。寝ながらはっきりした言葉で叫んでいたのでびっくりしました。
その瞬間気づきました。私はよく首を痛めるし、もう首が痛いことが慢性的になっているような状態なのですが、その原因は自分のパワーが行きたい方向ではなく、マインドが「こっちに行くべき」と思っている方向に無理矢理コントロールしているからだということが。。。本当に瞬間的にしっくりきたというか、腑に落ちたんです。

まとめると、マインドが「私」とおもっている部分=「エゴ」が、より大きな「生命としての私」のパワーを、無理にコントロールしている時に起こるのが、首の痛みやヨガのポーズを失敗すること、それと騒音問題です。
こじつけではなく、自分の中できれいに繋がった感覚がありました。
つまり、あの騒音は、やっぱり私自身の閉じ込められたパワーが暴れている音だったんです。

(続く)