【実験日記】スピ系メソッドで騒音問題を解決できるか(10)

前回(9)の続きです。

この日記、実生活で試行錯誤しながら書いているので、堂々巡りをしているように見えるかもしれませんが、自分の中では着実に進んでいる感じがするし、だんだん騒音に煩わされる時間も減ってきて、心もだいぶ軽くなってきています。
騒音問題がすっかり解決した暁には、自分が体験したこと、学んだこと、気づいたことをまとめなおして、“嫌な状況、嫌な人物を入り口にして最短で問題を解決するルート”を書きたいと思っています。
騒音問題を実際体験してみるまで、これほど苦しいものなんだということがわかりませんでした。ここ数年は世間の人たちをぼんやりながめて、「いいなぁ。。この人たちは毎日の騒音に悩んでないっていうだけで、自分がどれだけラッキーで幸せかってことに気づいているのかなぁ。。」なんて思ってしまうことも多かったです。まあ騒音に限らず、悩みってそういうものなんでしょうね。

さて、前回の日記に書いたように、今私が試していることは騒音に対してなるべく無関心になって、できるだけ騒音から自分を逃がしてあげるということです。しかし、とんでもなく非常識な騒音主の真下に暮らしている以上、完全には逃げられません。特に疲れている時などはヘッドフォンや耳栓もしたくなくて、そのままゆっくり休みたいのに、上からドドドド!とものすごい振動と騒音に襲われると、本当に逃げ場がなくて、やるせなくて、苦しくて、騒音一家を皆殺しにしたくなります。
トランサーフィン的に言えば、その時点で感情と思考が完全に振り子に乗っ取られているので、すぐに焦点を別のところに切り替えなくてはエネルギーをどんどん吸い取られてしまいます。でも、切り替えられない時もありますし、無理に思考だけポジティブに持っていくのは逆効果でもあります。

そこで、ネガティブな感情に包まれてしまった時は、この嫌な状況を利用して自分の奥深くに進みます。より大きな視点でスピ的に考えればこの嫌な状況を創り出しているのは自分自身なので、なんで私は自分に対してこんな嫌がらせみたいなことをしているのか、その理由が知りたいのです。やり方は、このシリーズの前半でずっと試してきた感情を味わうというメソッドです。このメソッドのやり方も試行錯誤を繰り返し洗練されてきました。失敗する時に何が起こっているのかもわかってきて落とし穴に気づけました。とりあえず騒音をなるべく避けるというプロセスを踏んだのがよかったと思います。
失敗してしまう時何が起こっているのか、これは“感情を味わっている”ようで、実は“感情に呑まれてしまっている”のです。この2つは大きく違います。感情をちゃんと味わえば、その感情は本来の目的を達成したのですぐに消えてしまいます。しかし、感情に呑まれている時は、ずーっとその感情が続いて消えてくれません。そういう時は思考がループしています。

例えば、
ドドドドドド・・・!!
「あ、また騒音だ。あ、そっか、感情を味わおう。」

みぞおちのあたりにメラメラと怒りを感じる。
「ムカつく・・さっきから何十分走り回ってるんだよ。なんで注意しないの?」
「あ、やばいやばい・・感情を感じるんだっけ。。。」

みぞおちのあたりにメラメラと怒りを感じる。
「うわー、まだ続いてるよ。早く消えてくれないかな・・」
「あ、やばいやばい・・感情を感じるんだっけ。。。」

みぞおちのあたりにメラメラと怒りを感じる。
「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだろう・・・」
「あ、やばいやばい・・感情を感じるんだっけ。。。」

みぞおちのあたりにメラメラと怒りを感じる。
以下ループ。
「」内が思考です。
思考が働いている限り、感情はずっとみぞおちのあたりのメラメラが燃え続けるだけです。
思考がこの感情の燃料になってしまっています。
とりあえず思考を止めないと先へ進めません。

古今東西、いろんな宗教や武道などの修行で瞑想が重要視されているのも納得です。思考を止めることがどれほど大事か、知識としては多くの人に知られているはずなのですが、ひたすら実践した人はごく少数なのでしょう。ある程度瞑想を深めて深遠な体験をした人でも、それを人に伝える時に、「これが正しいやり方です。あなたはまだまだです。あの宗教は間違っています。」などという思考を働かせるので、どんどんおかしなことになっていき、宗教戦争などの悲惨なことが起こります。それが思考の性質です。その性質のおかげで振り子が生まれます。
どんなに瞑想を深めても、思考することなしには人間をやっていけませんから、思考の性質を知っておくべきだと思います。義務教育にした方がいいですね。

騒音被害真っ最中にマインドを静めて思考を止めることは難しく、従来のシンプルなメソッドでは思考の誘惑にかないません。
そこで感情を味わう時に、ただ「ありがとう」と言ったり、「手放しますか?」と質問したりするのではなく、思考に別の方向性を与えるためにもう少し複雑なメソッドが必要だなと思いました。
そこでやってみようと思ったのが、ブランドン・ベイズという人の『癒しへの旅』という本に載っている“感情の旅”というスクリプトです。
実は私、この著者のことを最近まで知らなかったのですが、ブックオフで見つけて読んでみたらかなり面白かったんです。
やり方をざっと説明すると、感情に呑まれないようにしながら、感情の層を、ある意味淡々と降りていく作業をします。そうすると一番下の層の“大いなる源”というところへ行き着きます。これは、神とか愛とか純粋意識とか・・・いわゆるそっち系のソレです。“大いなる源”まで辿り着いたら“大いなる源”の意識を保ったまま、また感情の層を一つづつ登って行って、一つ一つを癒していきます。

これを読んだ時私は、あれ?これってどっかで・・・と既視感を覚えました。
そしてすぐ思いついたのが、10年くらい前に読んで挫折した『コア・トランスフォーメーション』です。その頃はここまで苦しい悩みもなかったし若かったし、分厚い本を買ったものの途中で面倒になってそのまま本棚に放置していました。なのでうろ覚えなんですが、“感情の旅”とやり方がそっくりな気がして、また本棚からひっぱり出してきて、やり方の部分だけを読み返して確認してみました。
コア・トラのやり方は、まず問題となっている感情や反応(=パート)を歓迎して味わって、そのパートが望んでいること、その感情を起こしている目的を尋ねます。そしてすでにその目的が達成された状況をイメージしてその感覚(=次のパート)を味わいます。新しいパートにまたその目的を尋ねます。そして目的が達成されたところをイメージして、その感覚(=その次のパート)を味わいます。このようにどんどん新しいパートに目的を聞いて行って進んでいくと、“コア・ステート”というこれ以上先には進めないところに辿り着きます。そうしたら“コア・ステート”の意識を保ったまま、今までのパートを遡って行ってすべてのパートを統合していきます。

似ていますよね。ブランドン・ベイズという方はもともとそっち系で仕事をしていた方でNLPにも詳しいので、コア・トラをパク・・参考にしたのかもしれませんね。
でも、似ているようで、ちょっと違うところもある・・・私は両方を試してみて、比べてみよう!とちょっとワクワクしてきました。

まずは、コア・トランスフォーメーションからです。
騒音のゴールデンタイム(夜の9時~10時頃)にあえて在宅し、ノートと筆記用具を用意し、上階の激しい騒音にスタンバイしました。
案の定、上からドドドドドド・・!! ドスンドスン!! ガラガラ・・!!(←何かを転がす音?)ドッターン!
とものすごい騒音が。。。ええ~!、毎日私が留守の時、こんなに暴れてんの?!
久々に騒音に直面して少しびっくりしました。


コア・トラ開始!(『コア・トランスフォーメーション』 p80~)
今内面で起こっていることは?
「驚き、怒り、無力感、殺意、殺したい!・・・でも、できるわけない。」
このパートは身体の中のどこに生きているだろう?
「おなか~みぞおち~胸あたりにこのパートはいる。」
パートは何と言っている?
「とんでもないことが起きている。ひどい暴力!!」
「こんなに悪いことをしている奴らが罰せられないなんて!!」
「仕返ししたいけどできない。。無力。。」

このパートを歓迎して受け入れる。なぜなら、自分にはわからなくても、このパートは深い目的を持って、この体験を創り出しているから。
これをパートAとする。
パートAに向かって「何を望んでいるのですか?」と尋ねる。
A「もっとパワーを感じたい!!このパワーをぶつけたい!このパワーをぶつける出口が欲しい!閉じ込めないで!もう我慢できない!!」
パートAに向かって「もしあなたが、“自分のパワーをぶつける出口が欲しい”という達成目標を、充分・完全に持つことができたら、そのことを通して欲しいと思っている、もっと重要なものはなんですか?」と尋ねる。
ここで目標が達成されたとしたらどうなるか、イメージしてよく味わう。
パートAがこの目標を持ってくれたことに感謝して、聞いてみる。
達成されたら何が得られるのだろう?
B「私がここにいるんだと認められること。」(ここから新しいパートBになる。)
パートBに向かって「もしあなたが、“自分がここにいると認められること”という達成目標を、充分・完全に持つことができたら、そのことを通して欲しいと思っている、もっと重要なものはなんですか?」と尋ねる。(この手順を繰り返していく)

C「私の持つパワーも含めて、そのままの私がここにいてもいいと認められること。」

D「こびりついていた罪悪感や恥・恐れが消えて、ラク~になる。」

E「自由に楽しいことができる。」

F「楽しい!幸せ!を満喫する。」

G「自由なんだ!自由を満喫できる!」

H「目が覚めること。」
どうやらここがコア・ステートっぽい。
なぜなら、ここから先には行けない、というか行きようがない感じがするから。
この目が覚めた状態を時間をかけて味わう。
明るくなる感じ。
すっきりする感じ。
笑っちゃう感じ。

ここで作業に夢中になっていたせいか、騒音にまったく無関心になっている自分に気づく。
いつのまにか、騒音は静まっている。
ここまでが折り返し地点。
ここからすべてのパートを統合していく。

パートGに対して「この世での在り方として最初からコア・ステート(目が覚めた状態)を持っていることは達成目標をどう変化させ、豊かにしますか?」と尋ねる。
(この手順を繰り返してパートを遡っていく)
G「もうすでに自由だもんね~気づいてるもんね~」

F「うん、だって楽しいの、幸せなの、選んでるからね~」

E「そりゃそうだよ。自由だよ。自分で自由なのも、不自由なのも選んでるんだからね~」

D「罪悪感や恐れにしがみついているのも自分だしね~ いつでも手放せば消えちゃうよ。当たり前だよね。」

C「認めるのも認めないのも自分の選択だしね~」

B「認められるよ。今この瞬間に!」

A「出口はすぐ目の前にあるよ!」

最後の質問。パートAに対して、
「この世での在り方として、コア・ステートがすでにあなたの実情であるなら、騒音に悩まされている、というあなたの体験はどのように変わりますか?」
A「とりあえず出口を探して楽しもう!」

コア・トラ終了。


ふうん、つまり、パートAは自分のパワーをぶつける出口が欲しいから、騒音問題を創り出していて、その解決法は目が覚めた状態でいること???

(続く)